クロード・レヴィ=ストロース
フランスの社会人類学者、思想家である。コレージュ・ド・フランスの社会人類学講座を1984年まで担当し、アメリカ先住民の神話研究を中心に研究を行った。アカデミー・フランセーズ会員。
専門分野である人類学、神話学における評価もさることながら、一般的な意味における構造主義の祖とされ、彼の影響を受けた人類学以外の一連の研究者たち、ジャック・ラカン、ミシェル・フーコー、ロラン・バルト、ルイ・アルチュセールらとともに、1960年代から1980年代にかけて、現代思想としての構造主義を担った中心人物のひとりとしてよく知られている。
1908年に両親が一時的に滞在していたベルギーのブリュッセルにて生まれる。両親ともアルザス出身のユダヤ人の家系であり、また両親はイトコ同士であった。父親の職業は画家であり、その交友関係は芸術を通じてのものが多く、幼少期から、芸術に親しみやすい環境で育った。
少年期には、ピカソやストラヴィンスキー、ワーグナーなどを同時代的に摂取しただけでなく、ジャポニスム期、印象派の時代からフランスへさかんに紹介されていた浮世絵を初めとする日本の文物にも触れており、この日本の美術工芸への関心は現在まで持続している。
両親の友人らを通じて、比較的早くからマルクス主義にふれる機会があり、高校から大学時代にかけては、社会主義運動に参加して学生組織の書記長を務め、ベルギー社会党の協同組合運動をフランスに紹介するなどの活動を行ったほか、社会党代議士ジョルジュ・モネの秘書として法案作成に携わるなど、積極的な政治活動を行っていたという。パリ大学で法学の学士号を取得するかたわら、哲学を学び、アグレガシオン(哲学教授資格試験)に合格する。
合格後の教育実習の同期生たち、モーリス・メルロー=ポンティ、シモーヌ・ド・ボーヴォワールなどがおり錚々たる顔ぶれであった。
教授資格取得後、2つのリセ(フランスにおける中等教育機関、日本の高校相当)で哲学教師を経験する。資格取得試験のために中断していた政治活動を再開し、教師生活の傍ら赴任地の地方議会への立候補を企てるなどの活動を行うも、哲学教師としての生活にあきたらず、パリ大学での指導教授のひとりであった社会学者セレスタン・ブーグレから、新設のブラジル、サンパウロ大学の社会学教授としての赴任の打診を受けたことをきっかけに、当時興味をもち始めていた民族学のフィールドワークへの期待を抱いて(本人は民族学への転進にはアメリカの文化人類学者ロバート・ローウィの著作『未開社会』を読んだことが大きな契機だったと語っている)、社会学の教授としてブラジルへと渡る(このときのフランスからの派遣教授陣のなかには、後に大著『地中海』で有名になるアナール学派の歴史家、フェルナン・ブローデルもいた)。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
この方はフランス現代思想の「最後の巨人」と呼ばれていました。
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